あひるの仔に天使の羽根を
 

「過去なんて、櫂がよく知っているじゃない」


それでも芹霞の声は微かに震えて。


「俺と初めて出会ったのは、12年前。俺達が5歳だ。

俺はその前のお前を知らない」


――恐らく鍵は13年前の芹霞の記憶の中に。


「お前の――

13年前は知らない」


俺は止まらない。


「なあ――

"刹那"って誰だ?」


不安だけが渦巻き、俺を吹き飛ばそうとする。


俺の把握していない芹霞がいることが、無性に不安になる。


心臓が嫌な鼓動を伝える。


「さあ――?」


芹霞は当惑したような顔をした。


「旭くん、誰かと間違ったとか?」


芹霞は気づいていなかったのか。


最初から、懐かしむような眼差しを向けていた旭を。


「芹霞…――」


尚も詰めようとした俺の目の前に飛び込んできたのは、


「なあ、櫂」


橙色の幼馴染で。


「どうでもいいことぐたぐた芹霞に問い質すより、早くここを出ること考えねえか?」


俺と芹霞の間に遮るようにして立つ煌は、意志的に声を押し殺していて。


「遅すぎんだよ、お前らッ!!!」


そして爆ぜるように声を荒げると、芹霞の手を引いて歩き出してしまう。



「か、櫂……」


引き摺られるようにして小さくなる芹霞がちらちら俺を振り返る。


「煌――あいつ……」


見ていたのか。


最初からずっと――。






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