あひるの仔に天使の羽根を


その姿は過去1度だけ記憶にある。


8年前。


変貌した俺が入院している芹霞の元に最初に訪れた時。


――芹霞。


初めて呼び捨てにする瞬間は、かなりの勇気が必要だった。


変貌してから3ヶ月間。


芹霞を護る為に、芹霞を手に入れる為に。


俺は緋狭さんの元、身体を鍛えそして帝王学というものを学んでいて。


俺は今までの俺が足りないモノの充足に全力を注いでいた。


芹霞断ちをしていたその期間は、やはり俺の心は芹霞しか占めていなかったけれど、ようやく玲を次期当主にと推す派を何とか出来たその一区切りも兼ねて、即座に芹霞に会いに行った。


待ち兼ねていた再会。


緊張に強張る体。


何度も深呼吸をして開けたドア。


生気に満ちたその顔に、思わず今までの惰弱な俺が顔を出しそうになったが、変わった俺を早く芹霞に見て貰いたくて、精一杯背伸びをして芹霞の名を呼んだ。


――俺だよ。


反応はまるでなく。


――紫堂櫂だよ、芹霞。


それは俺の変貌が成功したからだと


ああ、これで芹霞を手に入れられると、そう心震えた時、


突然芹霞は狂ったように泣き出して。


――櫂を返して!!!


その時、2人部屋の片方のベッドにいたカーテンの間仕切り隣で入院していた、煌……この時はまだ名前さえ知らなかったけれど、煌が吃驚して、俺にものを投げつける芹霞を羽交い締めにした。


――あたしの櫂を返してよおお!!


< 383 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop