あひるの仔に天使の羽根を
 

迸(ほとばし)るような威圧感を漂せながらそう言った後、隻腕の女は艶然とした笑いをその緋色の唇で象った。


静謐な口調で語る女から、想起できる唯一の色は"激情"の赤。


忌まわしき熾烈な罪の色を、神々しく昇華出来る唯一無二の色。


当然というようにその色を纏う女は、己が色の外套を羽織り、その襟元には同色の蓮の形をした…小さいながらも存在感あるバッチをつけている。


「お前達も承知の通り、私は本当に嫌々ながら、厄介この上ない懸案事項の後始末ばかりを押し付けられる、極めて煩忙な薄給職の"紅皇(こうおう)"に復役する異常事態に陥っている」


「薄給って……。緋狭(ひさ)姉の給料なんて、一流会社社長の10倍は軽く越してるだろうがよ。それで事務仕事だけだったら、世のオジサマ達が怒り狂うぞ」


ぼそっと呟いたのは、派手な橙色の髪と同色のピアスを耳につけた、褐色の瞳を持つ精悍な少年。


野性味溢れるその顔は、修羅場を潜り抜けてきた者特有の鋭さはあるものの、気を許した相手にはあどけなく笑う、17歳の少年――二つ名は『暁の狂犬』こと、名前は如月煌(きさらぎこう)。


あぐらを掻いて座っているものの、よく鍛えられたその肉体は、立てば2mを僅かに切れる。



「黙れ馬鹿犬。誰のせいでアオに全財産没収される事態になったと思ってる」


「え~!!? 俺!!? 俺のせいなのか!!!?」


橙色の少年は驚愕した顔をして思わず立ち上がる。


だが、ソファに座る女を見下ろす角度になると、慌てて座り直して、いつも通り見上げる姿勢に留まった。


「……ま、理由は多々ある。とにかく私は今、ジリ貧だ。だからといってお前達の施しを受ける程落ちぶれては居ない。それで仕方がなく働くことにした。そうなれば忙しくて、中々に家に戻れない。

お前達も知っての通り、この家には私と妹の芹霞(せりか)と煌の3人で住んでいる。今でこそ、逃げ出した単純馬鹿犬はこの家に帰ったが、明日からは妹もこの家に住む。そうすれば、この家には発情期の駄犬と芹霞と2人きりということになる。

これについてどう思う、玲?」


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