あひるの仔に天使の羽根を


煌は武芸全般に置いて飲み込みが早く、センスがいい。


外気功も数日で身に付けたという。


だけど緋狭さんを惧れる余り、出来る限り基本的な"修行"を逃げようとするから、桜を抜かすことが出来ずにいる。


煌が真面目に鍛錬に取り組めば、実力は殆ど同格だろう。


煌を緋狭さんは"駄犬"と容赦なく鍛え上げているようだけれど、少なくとも僕に教授していた時は、そんな荒事はなかったように思う。


比較的静かで、穏やかで。


微笑んでいるばかりの僕に、緋狭さんは困ったような笑いを見せて。


――玲は、もがくことを知らないのが欠点だな。


確かに僕は、言われた通りのことはそつなくこなしていたように思う。


例えその時に出来ないことがあったにしても、少しの努力を加えることで、次回には何とか出来ていたから。


勉学も鍛錬も、そういうものだと思っていた。


成長の為に自分を必死に磨くというよりは、雑学のような知識を蓄えているといった、静的な役割のように感じていて。


――玲が紫堂を担うのよ。お母様を失望させないで頂戴ね。


僕は、母が望む通りの"次期当主"としての形を、淡々と作っていたに過ぎなかった。


僕自身で"強くなりたい"とか"もっと覚えたい"とかの主張は一切なく、ただ人から望まれるままに流されていただけのあの頃。


惧れていたのは、母の…失望時に振るわれた虐待だけで。


恐怖から来るストレスで頻繁に起こる心臓発作をひたすら隠し、それを回避するために、"次期当主"としての腕を磨いていたあの頃。


そう、僕は母のために強くならねばならなかった。


緋狭さんは、多分何もかも判っていたのだろう。


緋狭さんは、今でも僕に困ったような顔をすることがある。


櫂の影に生きると決めた時点で、緋狭さんは僕に訊いた。


――それが、お前の…"玲"の望みか?


彼女もまた、"僕"の存在を掘り起こそうとしていたのだろう。


彼女は慈悲深い。


弱めるものを決して見捨てはしない。


それは血の繋がる芹霞に通じるものがある。


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