あひるの仔に天使の羽根を
 

半べそ状態の少年を笑って助けたのは、橙色の少年が仕える漆黒色の主。


「緋狭さん。忙しい時間を割いてまで煌をからかいにきたわけじゃないんでしょう?

俺達4人が神崎家に呼ばれた理由……表立てない"紅皇"である貴女の代理に、俺達は芹霞を連れて何処で何をすればよろしいので?」


玲瓏な声音が紡ぐその言葉の響きに、女は実に満足そうに頷いた。


「さすがは坊だ」


憂いの含んだ切れ長の目。


通った鼻筋、結ばれた口元。


軽々しい世俗の美しさを一切排除し、禁欲的にも思えるほど崇高な美貌を持つ17歳の彼――名を紫堂櫂(しどうかい)。


何に対しても完璧主義を遂行出来るその存在自体に、誰もが畏怖と尊敬の眼差しを向ける――彼の二つ名は『気高き獅子』。


彼の髪と瞳が持つ漆黒色は、どんな色にも染まらぬ独自の重感を損なうことなく、押し寄せるような赤色にさえ飲み込まれることはない。


「坊達には、横須賀城ヶ島の更に南、相模湾に浮かぶ特例地区、各務(かがみ)区……通称"約束の地(カナン)"に行って貰いたい」


その名を聞くのが慮外とでも言いたげに、漆黒色の少年は、僅かに端正な顔を斜めに傾かせながら言った。


「約束の地(カナン)? 元子爵の位持つ各務翁(おう)が、怪しげな宗教に嵌り、旧家の歴史を捨ててまで設立して移り住んだという、巨大ドームの人工都市ですか? でもあそこは各務一族の完全私有地で、紫堂財閥いえども簡単に出入りは……」


躊躇う少年に、女はにやりと笑うと3枚の紙を取り出して放った。


「『天使達の失楽園 KANAN 先行試演鑑賞会 特別招待券』…何だよ、これ」



< 6 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop