あひるの仔に天使の羽根を
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「芹霞、大丈夫か!?」




天井に手を伸ばした状態で目覚めた。


あたしを見下ろすのは鳶色の瞳。


長い髪を振り乱した、悲痛な端麗な顔。


「……玲…くん?」


あたしは上体を起こそうとして咽せた。


水分を含んだような湿った咳。


玲くんは心配そうな顔をして、あたしの背中を摩ってくれた。


「よかった。肺に随分水を吸い込んだみたいだったからね、苦しい処はない? 心臓、大丈夫?」


優しい玲くんの声に、あたしはぶんぶんと首を横に振った。


「そう。よかった……目覚めてくれて。

それじゃなくても退院したてで体力弱っているのに。

目が覚めて…本当によかった…」


その眩しすぎる柔らかい微笑みにあたしはくらりと目眩がした。


玲くんの笑顔は、女性の格好をしていても破壊力満点だ。


同性として、これは少しいただけない。


「玲くん……櫂は?」


あたしは、はっとして問うた。


「……大丈夫。手当はしたから」


あたしは、微かに曇った玲くんの表情を見逃さなかった。


「櫂、怪我でもしたの!?」


食いつくように問い質したあたしに、玲くんは少し固い顔をした。


「まあね。背中に傷を負って」


「傷?」


途端脳裏に思い浮かぶのは、水中でみた奇怪なアレの群れ。


「うん。切り傷とは違う――言うなれば、抉られたような……何かに食いつかれたといえばいいのかな。鮫なんかいないはずだけれど」


「!!!」


やっぱり、アレだ。


櫂は。


櫂ならば。


身体を張ってあたしを護るだろう。


あたしが平静でいられれば通り過ぎたはずのあいつらを、呼び戻してしまったのはあたしのせい。



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