あひるの仔に天使の羽根を


驚いた私に、


「動揺すらしてくれないのは……哀しいですね」


肯定されてしまった。


私はかなり驚いている。


それを表に出せる術がないだけで。


初めて顔を合せた相手から、しかも男からの告白。


いつもの完全女装状態なら、情報収集の為に近づいた男に熱く迫われたことはあったけれど。


だけど、今。


芹霞さんへの想いに気づいた今。


心は"男"で、だけど外貌は"女"に見えている――それがもどかしくて。


私は、自らの力を高めるために今まで"男"を捨ててきたのに。


心と体が乖離している現況に、妙に苛立ってきて。


「葉山…いえ、桜さん。不完全な人間は、補完を望み"完全"を求めます。

人間が"完全"に還る、その奇跡は力となる。

神だけを信じていたならば、盲目的な神の保護に甘んじるだけの"楽園(エデン)"において"自分"は消えていくでしょう。人間は、神に従属するだけの"奴隷"だということに気づけない。自分が自分である為に、人間が人間である為には、楽園を壊す"蛇"が必要なんです」


それは至って真剣な面持ちで。


「どうか…目に見えることだけを真実だと思わないで。

"禁断の果実"を口にしていない今なら、紫堂さんは取り戻せる」


そして――


「幕は上がっている。僕の力ではもうどうすることはできないけれど……君の哀しむ姿を見たくない。

僕は兄や姉と違って何の力をも持たないけれど、"傍観"のまま、終わらせたくなかった」


「え……?」


「君は気にしないで」


ふわりと千歳は笑った。


その儚げな微笑みに、私が何らかの"覚悟"を見いだせたのなら、きっとこんな結末は訪れていなかっただろう。


千歳は姿を消した。


――永遠に。


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