あひるの仔に天使の羽根を
 

此の地で初めて会ったくせして、芹霞は久遠に心を許している。


元より人見知りをする少女ではないけれど、長年の連れ添いのような物言いは、僕の嫉妬と疑念を大きくさせた。


初めて会ったわけではないのか?


そして久遠も然(しか)り。


芹霞に"嫌悪"の情を見せるその顔は、裏返せば愛のような"執着"に見えて。


会って数日の少女に向ける情ではない。


それは僕の邪推なのか?


更に。


誰をもの束縛を嫌い自由気ままに生きようとする"放蕩息子"は、恐らく世を弾く仮の姿で、本性はもっと禁欲的(ストイック)な男では…と考えてしまうのは、僕の考え過ぎなのだろうか。


彼の行動が掴めない。

彼の思考が読めない。


ただ強く感じるのは、僕ではこの男を理解するのも動かすのも困難だ。


力に与しない、情にも与しない。


その男が動いて、今此処に居るのは――


緋狭さん故か。


それとも。


芹霞故か。



そして、姉妹以外にもう1人影響力を及ぼす人物がいるとすれば、それは櫂。


当初から"憎悪"にも思える鋭い情を向けられている櫂ならば、この男を動かせるのかも知れない。


曖昧ではなく、はっきりしている。


今も尚…時折、感じる瑠璃色の視線。


それは芹霞を胸に抱く僕ではなく、芹霞に拒絶された櫂に対して。


それは僕の自尊心を大きく傷つけるもので。


芹霞と付き合っていると、宣言した場に久遠も居たはずなのに、久遠の関心は僕ではなく櫂の方で。


僕は――櫂に及ばないのか。


暗澹たる漆黒色と、そこに吹きすさぶ冷たい瑠璃色。


そこには僕の色は何もない。


その惨めさは――


僕の"覚悟"を煽り、正当化していく。

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