失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】





魔境の暗闇を歩いたから

兄とひとつになれる

心が重なる

それが本当の

"共に居る"ことだから





だから

この人にもほんとは

ありがとうって

言わなきゃならない

この人だから

こんなに深い場所に

連れてきてくれた

どんな光も届かないような

魔境に…

この人にも闇に棲むための

過酷な理由があり

心の底で密かに苦しんでいる

でなければ復讐なんか

思いつくわけがない

幸せなら人の幸せを願う

不幸なら不幸を願う

不幸を願うこの人が

あまりにも悲しい

この人を憎んでも恨んでも

殺しても飽きたりないはずなのに

この人の悲しみがもう闇を汚すほど

この人を覆っている

それが悲しくて

復讐と憎しみで

それに気づいていないこの人が

もっと悲しくて

僕はこの人を憎みきることが

出来ない

彼もいつか

崩壊するかもしれない

こんなに悲しかったら

生きていけないのに




「また泣いているのか…そんなに

犯されて気持ち良いのか…ボロボロ

になっても責められて堪らないのか

淫乱だな…兄さんと同じだ」

何時からか圧し潰れた彼の心

ブラックホールみたいに

光さえ飲み込み

輝くことはもう

ないのだろうか





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