失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「お前…すげぇ」

部室の隅でヤツは机に両手をつき

そう言って固まっていた

「歌詞が良いから…メロが勝手に

出てきた…自分でも驚いた」

歌いながら弾き終わった僕は

ギターを抱いたまま放心していた

何かが終わったような気分だった

それはそんなに悪くない気分だった

寝ないで一晩で曲を作って覚えて

詩を書いた

何かにとり憑かれたような

異様な集中

それを持って久々に

僕は部室に顔を出した

見た目(中身も)ボロボロで…




サビのフレーズは彼のために

ラストは

兄のために

僕の大事な大事な思い

これで良かったんだろう…か?

自分で評価するのは

おそらく無理…だ




「他人が書いた続きとは思えねぇ…

お前も…恋か?」

ヤツは最後の方は声を落として

僕に訊いてきた

そうだ

苦しいほどの恋だ

僕は答えの替わりにフッと笑った

「ねぇねぇ~それ誰の曲?」

女子の先輩が訊いてくる

「オレらの曲ですよ」

「えっ…マジ?」

「マジっす」

ヤツは自信に満ちて言い切った

「なんか…切なくて良い」

「まぁ…切なさにかけてはオレらの

右に出れるのは世界でも50人ぐらい

だと思いますよ」

「いやホント…不覚にも聴き入って

しまったわ…お前のとは知らず」

「うわー!天才だねって素直に言っ

てくれれば良いのに」

「バカス!自意識過剰!」

「慣れて下さい…いい加減」

いつもの部活の

ヤツと先輩の応酬を聞きながら

僕は心が少しづつ平穏を取り戻して

いくのを感じていた






< 214 / 360 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop