失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




僕は昨日とまったく同じ格好で

椅子に座り

昼間から雨戸も開けず

真っ暗な部屋で机に突っ伏していた

この喪失の中で

僕は兄があの時言った

『お前は今なら戻れる』

という言葉の意味が

ようやくわかった

そして兄がなぜこんなにも僕に

罪悪感を抱いているかということも






僕はそれを考え

ハッとした

とうとうここまで来たのだ



兄の本当の絶望と

悪夢の源へ

人並みの人生を喪うこと

その本当の意味と空虚

兄が自分を殺してしまいたいと

願ったほどの僕への罪悪感

僕は兄の恐怖に身震いした

兄が彼に対して

身体だけを求めていたことを

僕は兄の犯した唯一の間違いだと

密かにずっと思っていた

だがそれは

僕が兄の見かけの気丈さに

惑わされていたに過ぎなかったのだ

兄は本当に失っていた

この世で当たり前に生きていく

当たり前の人生を

それがどういうことか

現実に失わない限り

それを知ることは

不可能だ

この空虚

この絶望感

暗闇さえ懐かしいほどの

空白

死ぬ気力すら

起きないほどの虚脱

兄はなぜ生きている振りすら

出来たのだろう?

この生きながら死んだような感覚で




だから兄は力なく笑う

なすすべがないから

だから兄は虚無より

身体の狂気を選んだ

まだその方が生きているような

気がするから

兄は身体の死でなく

彼と…生きた?

なんのために?






僕たち

家族のために







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