失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



しばらくのあいだ時間は止まり

僕らはなにも話さぬまま

互いを見つめて向かいあっていた

なんだかちっとも言葉はいらなくて

ただ兄がそこにいることが全てで

いとおしかった

兄は微笑んでいた

絶望からではなく心から

僕はそれを見て直感的に

兄が解放されたことを覚った

僕はひとりでに目を閉じていた

深いところでひとつの確信が

静かに生まれるのを聴いた

祈り…天の光…導き



その時僕の前に

完璧な運命の計画が

美しい幾何学模様を織りなして

宇宙にくまなく広がっているのが

はっきりと見えた



完璧だ…宇宙は完璧で…美しい…



僕はその理解を受け取り

ゆっくり目を開いて兄に言った

「愛してる…」

兄の目に涙がにじんでいた

「俺も…愛してる」

兄はそう囁いて僕の肩を抱いた

僕の目からも涙があふれ

頬を伝っていた



「おいおい君たち!再会の感動に

ひたるのは良いが…ボヤボヤしてる

とせっかくのクリスマスケーキが

なくなっちまうぞ!」

声のする方を見ると

不良神父がニコニコ笑いながら

両手に持った皿いっぱいのケーキを

僕たちに運んできてくれていた

僕は神父に言った

「ありがとう…えっと…何もかも」

神父はニッと笑って片目をつぶり

ケーキを配るために戻っていった

教会の中はいつの間にか

クリスマスケーキ大会になっていた

子供たちは走りまわり

大人たちは食べながら喋りまくり

いつの間にか会場いっぱいに

チョコレートの甘い香りが

広がっているのだった









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