失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



兄は窓のカーテンを開けた

殺風景な部屋に昼の光が差し込んだ

僕は冷たく冷えきった部屋で

寒さに肩をすくめながら

周りを見渡していた



兄の部屋はガランとしていた

デスクトップのパソコンが一台

ベッドの足元にあるきりで

パソコン台の下には

大学のテキストや書類や本が

乱雑に積まれてあった

キッチンにはほとんど何もなく

電気ポットが一台シンクの横に

ぽつんと置かれていた

兄がつけたエアコンの暖房が

徐々に効き始め

僕は無言のまま帽子と上着を脱いだ

それをどこかに置こうと

見回した僕の目が

ベッドに釘付けになった



黒い簡素なワイヤーベッドの枕元の

スチールの横棒に

銀色の手錠が二組吊るしてあった

ベッドの周りをもう一度よく見ると

縄の端と黒いゴムのチューブが

ベッドの下から見えていた



「見つけたんだな…」

黙ってベッドを凝視している僕に

兄が小さく確かめるように言った

兄は僕に背を向けて

窓の外に顔を向け立ちつくしていた

僕は夢中で膝をつき

ベッドの下を覗き込んだ

そこには幾重にも束ねられた

黒い縄の束がいくつも置かれ

ゴムのチューブが何本か

その横に押し込まれていた

そしてグロテスクな黒い

バイブレータやディルドが

透明なビニール袋に入れられて

隅の方に無造作に置いてあった

足元には鎖の山があり

その上に黒い首輪が乗っていた

ローションの瓶が転がり

グリセリンのボトルが

何本もならんでいた



僕は呆然とベッドの下から顔を上げ

床に腰を落としたまま膝を抱えて

冷たく光るステンレスの手錠を

見詰めていた



僕らはしばらくの間

互いに黙りこんでいた

互いの顔を見ることが出来ない

しばらくして僕は立ち上がり

ベッドの上の掛け布団を剥ぎ取った

 



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