透明な翼

再会

「ねぇ! 幾斗聞いてんの!?」

あぁぁぁ……眠ぃ……

耳元で叫ぶんじゃねーし……。

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

僕は心の中とは裏腹に、優しい物腰でにこりと笑って言った。

これが店での僕だ。

この顔に女はみんな簡単に騙されてくれる。

「もぉ~やっぱり聞いてないんじゃない」

女は腰に手を当てて口を尖らせた。

ごめんごめん、と謝りながら固まった身体を伸ばす。

すると背骨がぽきっぽきっ、と小気味よく鳴った。

「だからぁ、今晩いいでしょぉ?」

そう言いながら女は僕のYシャツの胸元に手を滑り込ませてきた。

今日は帰ってすぐ爆睡決め込もうと思ってたけど……

まぁいいか。

「いいよ。 いつものホテルで待ってて」

承諾の意味をこめて軽くキスをした。

「ゆりちゃん、ご指名入ったよ」

カウンターのほうから同僚の貴史(たかし)が顔を出す。

「はぁーい、今行きまぁす」

彼女は仕事道具を持って走って行った。

「幾斗よぉ、また店の女に手出してんのか?」

「誘ってきたのはあっちだ」

僕は貴史の前では素に戻る。

また、と言うのは実はこれで3人目。

いつも女の方から寄ってきて、僕は来るもの拒まず。

「ま、いいけどさ。バレねーようにな」

僕は風俗店のスタッフで女はこの店の商品。

商品に手を出したりしたらクビは免れない。

だからいつもバラバラに仕事をあがって離れたホテルでヤっている。

自宅に女を入れたことは無かった。

特に理由はないが、なぜだか無性に嫌だったから。




< 8 / 37 >

この作品をシェア

pagetop