見えない糸

「オジサン…」

テレビから視線を逸らさないまま、紗織がポツリと呟いた。

「どうした?」

直次は紗織を見ながら返事をした。

それから先の言葉を待っていたのに何もない。

「どうしたんだよ?」

タバコの火を消して、また訊いた。

紗織は、全くこっちを向こうとはしない。

だんだん表情も無くなっていく。

まだ…

涙を見せてくれた方が良かった。



「アタシ…休みたい」

「寝るのか?」

「ん…」

そう言うと、ゆっくり直次の方を見た。

そして立ち上がると、表情の無いまま言った。




「もう…疲れちゃった…
過去なんて…知らなくていい…」



紗織はリビングを飛び出し、自分の部屋へ駈け戻った。


直次は、紗織を追いかけなかった。

結局、自分の気持ちを優先したせいだ。

『紗織の過去を取り戻すのが、紗織にとって大事なんだ』

そう説得したけど、紗織の為じゃなく直次の為だったんだ。


しばらく、治療の話は止めよう…
また、ふりだしに戻ってしまった。





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