見えない糸
応接室に通され待っていると

「お久しぶりねぇ」
施設の小谷静枝(こたに しずえ)先生が現れた。

「佐々木先生、紗織チャンどうですか?」

「特に変化はありません。過去の記憶がない事以外は、普通の子と何ら変わりないです。先生は何かご存知ですか?」

少し間を開けて
「佐々木先生、退院したら紗織チャンはどうなりますか?」

出されたコーヒーを飲みながら、直次は答えた。

「当然、こちらの施設に戻る事になります。保護者の方がいたら保護者の元に帰るだけですが…」

すると
「先生!お願いです!紗織チャンを見てあげてくれませんか?紗織チャンを預かって下さる訳にいきませんか?」

小谷先生の唐突な言葉に、直次は持っていたコーヒーカップを落としそうになった。

「な、何言うんですか?!ここは保護者がいなかったり、事情あって一緒に暮らせない子供の為の施設でしょ?私は一医者であって、彼女の保護者じゃない」

「わかってます…でも紗織チャンには誰かが必要なんです!紗織チャンには身寄りがないんです」


直次自身も“家族”というものの縁が、あまり無かった。
親戚の家を、たらい回しにされ、アルバイト等で学費を作り、猛勉強をして今に至っている。

だから、一人きりになる紗織を放っておく事は出来なかった。

紗織は、このまま入院していても、過去の記憶がないだけで、他に何も障害がなく投薬する必要もない。

“どうしたら…やっぱり養子縁組しかないのか?”

未婚の直次に、いきなり子供が出来ることになる。

まぁ…誰かと付き合ってるわけでもないし、何より紗織の将来を考えると、今のままでって訳にいかない。

小谷先生と何度も相談した結果、直次は紗織を養子にした。

これで書類上ではあるが親子関係になった。


< 4 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop