朱い月
第一章 人形ノ名ハ瑠璃。
「死ぬのは怖いことかな?」
背後からの唐突な問いかけに高崎奈央は足を止めた。
放課後、生徒のほとんどが帰宅し、太陽も沈みかけたこの時間の学校はとても静かで、目の前の廊下を見ても人の気配はない。しかし、後ろからはっきりと聞こえた声に振り向くと、夕陽で赤く染まった廊下の先に、一人の少女が立っていた。
「ねぇ、死ぬのは怖いことかな?」
無機質な生気のない声で、彼女は同じ質問を繰り返す。
「え…俺…?」
廊下には他に誰もいないのだから、そうに違いないのだが、奈央は反射的に聞き返していた。
彼女はゆっくりと頷く。
「紫藤…何の話だ…?」
奈央は、困惑しながらもそれだけを彼女…紫藤瑠璃に聞き返した。
紫藤と呼ばれた少女は無表情のまま立っている。
紫藤瑠璃。同じクラスの女子だが、話したことはない。唯一彼女に関して知っていることは、彼女の綺麗すぎる顔立ちから、人形…「ドール」とクラスメイトに呼ばれていることくらいだ。
「日常の話だよ?ただ君の日常を聞いただけ」
少しの沈黙の後、瑠璃はゆっくりと口を開いた。その声には、やはり生気が感じられない。
彼女は言った…日常の話だと。きっと冗談で言っているわけではないだろう。それ故に、どう答えを返せば良いのか、奈央には分からなかった。
「高崎君は死にたいと思う…?」
はじめに沈黙を破ったのは瑠璃の方だった。その目はとても澄んでいるように見える。
「え…それは…思わないな」
死ぬこと…それはとても怖いことだ。誰も死にたいとは思わないはずだ。
「何故?」
瑠璃は間を置かずに聞いてくる。
「それは…怖いから…」
「そう…やっぱり高崎君も怖いって思うんだ…」
奈央の答えに少しがっかりしたのか、瑠璃は目を細める。
「まだ…世界を見れていないのね…。見える力はあるのに…」
瑠璃は、一人言のようにそれだけを言うと、ゆっくりと奈央に背を向けて歩き出した。
「え…ちょっ…」
「あの子に会えると良いね。そして…世界を見て」
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