光の子
しかし。
頭の疲れを癒したはずのミルクティーも待たず。広香は母の背中に言った。
「口出しできないなんて、うそつかないで。
私に言いたいことが、あるんでしょ」
自分の声が、ドスンと鉛のようにキッチンの床に落ちた気がした。
にぶい怒り色の声だ。
心を覆う苛立ちの霧が深すぎて、広香は自分自身が見えなかった。
母は、広香に背を向けたまま、少しの水と紅茶のティーパックをミルクの鍋に入れ、煮出しはじめる。
「広香はね、お母さんにとって、いつもそばで見守ってくれる、お月さまみたいな子だった」
鍋から、ふつふつと煮立つ紅茶の香りがして、淡い湯気が立ち上った。
「でも矢楚くんのもとへ駆け出ていった夜、気付いたわ。
広香は、広香の人生を歩みだしている。
もう、私の人生の付き添い人なんかじゃないって」
厚口の白いマグカップに紅茶を注ぎ、母は砂糖を入れてスプーンでくるくる掻き混ぜ、こちらへ振り向いた。
広香の前に、ことんとカップが置かれ、鼻から胸へと香りが抜けていく。