わがまま娘の葛藤。



「ね、ちょっと…礼。なに、どうしたの?」

突然のことで、状況が理解できない。
ベタだけど目を“ぱちくり”させてみる。


すっと腕が緩められて、真っ正面から礼に見つめられる。
二人の距離はわずか12センチ。
こんな至近距離で目なんて合わせるもんじゃない。
整いすぎた顔はもちろん、機嫌の悪さを物語る眉間の皺にさえときめいてしまう。
(こんなこと知られたら、礼の怒りのボルテージが倍増することは目に見えているので、胸のなかに秘めておくことにする)



「お前は一体何考えてんの?」

「あたしはいっつも礼のことだけ考えてるよ」

「こんなときだけ素直になってんじゃねぇ。なんで、お前はそうすぐに人のペースを乱すかな」

そんなのわざとに決まってるじゃないか。


「一人でふらふらすんなって言ったよな?わざわざ名指しまでして」

思わず、俯く。
返す言葉がないんだから、仕方ない。

「まぁ、それはいいや。どうせちーが言うこと聞かないことくらい分かってたし」

え、ちがうの?
てっきりそれで怒られるんだと思ってた。

“国宝級の方向音痴なくせに”とか。
“お前には学習能力がねぇのか”とか。


咄嗟に顔をあげると、ばっちりと目が合った。
お説教の真っ最中で、さらには正座までさせられているような状況だというのに。
たかだか“目が合った”だけで、いちいちときめくゲンキンなあたしの心臓。

一体どこまでこの男に飼い慣らされてるんだろう。

目の前のこの男は、そんなこと微塵も感じていないだろうというのに。
“惚れたもん負け”だなんて、よく言ったものだ。

分かってはいるし、今さらわざわざ再確認したわけでもないけど。
そういうところがどきどき、無性に悔しくてたまらない。


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