花嫁と咎人




―…数年後。





久しぶりに彼は祖国に帰ってきた。


変わらぬ町並み、人々の笑顔。
しかし確実に変わりゆくこの国に、あの人物は今も住んでいる。


エルバートは結わなければならない程に長く伸びた金髪を靡かせ、かつて自分が過ごしていた大きな城を見上げた。



「…何年経っても劣らないですね。」



変わらぬその佇まいに安堵のため息を零し、敬礼する衛兵の横を過ぎると正面入り口から城内に足を踏み入れる。

綺麗に磨かれた大理石の床に、巨大な階段が左右中央に伸びるエントランスホール。

その左階段脇にある小さな扉をくぐって、エルバートは屋外廊下を歩いた。

暖かな春の陽射しに顔をしかめれば、優しく吹き抜ける風に頬をくすぐり、
どこからともなく漂う薔薇の香りに懐かしさが込み上げてくる。



“見て頂戴、エルバート!綺麗な薔薇が咲いたわ!”



花が咲くたび、自分に微笑みかけてくれた主。
そんな木漏れ日のような日々が、まるで昨日の事のように感じる。

もう、あの頃にはもう戻れないけれどーー

懐かしき薔薇園に足を踏み入れるなり、少しの侘しさを抱きながらも、彼は静かに笑みをこぼした。
色とりどりに咲く薔薇達の間をパイプアーチ沿いに通り抜け、薔薇園の中央に置かれたテーブルと椅子の前まで足を運ぶ。

それからそっとテーブルの上に荷物を置くと、


「…お久しぶりです。」


そこで本を読んでいた男に声をかけた。


するとその男は短い黒髪を揺らし、眼鏡のレンズ越しに金色の目をエルバートに向けて。


本を閉じると口元を歪めた。


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