manaloha
マナの妄想ノート


雨が降っている。
とても静かな雨。
6月。梅雨の季節だから仕方がない。
悲観しているのではない。
むしろ私は雨が好きだ。
雨の日に一日中家の中にいて、窓の外の景色を眺めたり、雨の音を聴いたりするのが。
そんな日に彼がやって来るのも。


彼は雨の匂いを連れて来る。
ドアを開けると、濡れたアスファルトの匂い。
彼の体も濡れていて、動物の匂いがする。
雨の仕業。
ドアのまわりは水浸しになるけれど、そんなのはへっちゃらだ。
傘もささずに走って来た彼は、まるで仔犬の様だし。

私は微笑んでタオルを差し出す。
彼は頭を振って、髪の毛についた小さな雨粒を散らすから、私は小さく叫んで彼を睨む。
彼は笑いながらタオルを受け取る。


部屋の中で、彼と温かい紅茶を飲んでいると、いつの間にか外は激しい雨に変わっている。
部屋の中ではロン・カーターが流れている。
低いベースの音。それに混じって、雨がアスファルトを叩く音が聴こえる。
私は心地好い部屋の中で濡れずにすむことを、しあわせに感じる。

彼を見ると、ソファにもたれかかったまま静かに眠っている。
かわいい寝顔。
投げ出された大きな足に胸の奥がきゅうとする。
ロン・カーターと、雨の音。
最高の子守唄。
ああ。
私は微笑んで、そっと彼の耳朶に触れる。
彼もまた、しあわせなのだ。
なぜなら、一人で眠る時の雨の音ほど、耳障りなものはないから。
今は一人じゃない。
この部屋に、彼と、私。
心地好い部屋。
暖かい気持ち。
私は彼に、ブランケットを掛ける。
彼は静かな寝息をたてている。
私は新しく紅茶をいれる。
そして、雨を見ている。


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