夜色オオカミ
――――カサリ…
落ち葉を踏みしめる音に振り返る。
穏やかな瞳と目が合った。
「姫君、あまり長居は……。今宵は夜風が冷たいのでお身体に障ります。」
確かに今日は少しだけ冷たい風が吹いていて…木立をざわざわと揺らしていた。
橙伽さんにかけられた声に、はい。と一つ返事をして…
だけどその場から離れずに刻まれた名前に触れたまま動かないあたしに、橙伽さんが困ったように笑った。
「…心花の名前を刻んでくれて……本当に、ありがとうございます。」
「………。」
そして、嬉しさに震えた声で…その名を愛しげになぞりながらあたしは少しだけツンとした鼻に手を添える。
刻まれた新しい名前は三つ…。
…一つは、《心花》。
「……心花殿は間違いなく真神家の運命の花嫁ですから…。
お許し下さった殿(トノ)もよくわかっていらっしゃいますよ。」
「また改めて、お礼に行きたいです。」
優しく言ってもらえた言葉に感謝しながら、
十夜のお祖父さんの元に、刻まれたと聞いた日に挨拶に行ったけれど…
暫く体調のすぐれなかったあたしは、実物をようやく目の当たりに出来て…また改めて感謝を込めたお礼を言いたいと思った。
「喜びますよ。」と嬉しそうに言った橙伽さんと微笑みあった。
――――ザァー…と、一層強く風が通り抜け、あたしは棚引く長い髪を耳にかけた。
「………おい。」
「……!」
そんなあたしの背後から、不機嫌な声がかかった。