楽園の炎
「船だって、好きな速度では進めないんじゃない?」

「船はいいんだ。自分だけの乗り物じゃないだろ。自然も関係するから、好きに進めなくても、諦めがつく」

変なの、と思いながら、朱夏は、まだ手に持っていた短剣を見た。
男の持ち物だった短剣は、見たことのないものだ。
中指の先から手首までぐらいの大きさしかなく、そのうち三分の一が柄で、残りが刃だ。
長さも短ければ、幅も小指ほどしかない。

しかも、刃も柄も、まるで氷のように、透明なのだ。
それでいて、切れ味は驚くほど良い。

「ね、これ、変わった剣だね。宝石みたいだけど、ちゃんと斬れるし」

果汁で濡れた短剣を洗い、光に翳すと、まるで氷の剣が、溶けているようだ。

「やるよ」

「え?」

朱夏が振り返ると、男が泉で手を洗いながら言った。

「ご馳走のお礼。ああ、そういえば」

濡れた手を振って水気を飛ばしながら、男が朱夏をひょいと見た。

「アルファルドの宮殿は、どっちだ?」

「・・・・・・えっと、あっちに真っ直ぐ抜けたら、すぐにわかるけど」

ぽかんとしながらも、自分が辿ってきた森の獣道を指す朱夏に、男はにこ、と笑いかけ、木にかけていた衣を取ると、すたすたと歩いていった。
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