楽園の炎
少年はしばらく途方に暮れたように、回廊の真ん中で泣いていたが、ふと顔を上げると、ぽんと庭に飛び降り、樫の木に駆け寄った。
その木の上にいる少女が、げっという顔をする。

「しゅか! ここにいるんでしょお」

樫の木の幹に取り付いて、嬉しそうに叫ぶ少年に、少女は頭を抱えたが、意外にあっさりと、葉っぱの間から顔を出す。

「もぅ! 男の癖に、べそべそ泣くんじゃないわよ! そんなんじゃ、強い王様になれないわよ!」

「しゅかぁ~!」

少女の苦言など一切聞かず、少年は満面の笑みで、少女を見上げて手を伸ばす。
そんな少年に、眉を顰めながらも、少女は登ったときと同様、するすると地面に降り、少年の前に立つ。

「葵(あおい)は王子なんだからね! そんな簡単に泣いちゃって、いいと思ってんの? 情けないったら!」

「そんなぁ。だって朱夏(しゅか)、強すぎるんだもん」

並ぶとやはり少年のほうが、わずかに大きい。
が、まるで姉と弟のようなこの二人は、この国の世継ぎの王子と、その家臣という関係なのだ。

少年は、このアルファルド国のれっきとした世継ぎの王子・葵。
少女---朱夏は大臣の娘で、年の頃が近いから、という理由で、遊び相手をしていたが、最近はもっぱら王子の剣術指南役だ。

というのも、朱夏はまだまだ幼少の頃よりお転婆が過ぎる程で、女らしい習い事には全く興味を示さなかったため、戯れに剣術・体術の類を教えてみると、みるみる上達し、今や同じ年頃の中では、男であろうと敵う者はいないという程の腕になったのである。
< 2 / 811 >

この作品をシェア

pagetop