楽園の炎
ナスル姫の部屋の前で、憂杏は立ち止まった。

「一応、お前が先に様子を見てくれよ。いきなり入ったら、さすがに失礼だしな」

必要以上にきょろきょろと辺りを見回す朱夏に言い、憂杏は扉を指す。
憂杏よりも、朱夏のほうが緊張しているようだ。
幸い、部屋の前には兵士もいない。

朱夏が扉を叩こうとしたちょうどそのとき、内側から扉が開いた。

「あ、失礼しました」

中から出てきた侍女が、頭を下げる。
朱夏もよく知る、ナスル姫付きの侍女だ。

「あの、ナスル姫様の様子は、いかがですか? お見舞いに伺っても、大丈夫かしら」

朱夏の質問に、侍女はにこりと笑顔になった。
口の前で人差し指を立て、そっと扉を大きく開く。

「お休みですけど、大丈夫ですよ。どうぞ。憂杏さんも」

侍女はあっさりと、憂杏も招き入れた。
ナスル姫付きで、憂杏のことも知っているのだろう。

憂杏はちょっと迷ったが、朱夏と一緒に部屋に入った。
入れ替わりに、侍女は出て行く。
中には他に、人はいなかった。

朱夏は足音に気をつけて、奥の寝台に歩み寄った。
薄い天蓋をそっとめくると、ナスル姫が横たわっている。

朱夏はまじまじと、ナスル姫の寝顔を眺めた。
額に手を当てなくても、少し紅潮した頬が、熱のあることを物語っている。

それにしても本当に、何と可愛い姫君だろう。
布団にくるまって眠るナスル姫は、さながら下界に降りてきた妖精のようだ。
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