ジュリアン・ドール
ハーリーはピアノの傍に立ち、歓声をくれる客に丁寧に礼をし、ゆっくりと歩いて彼の持ち場であるカウンターへ帰って来た。



ピアノには元々此処の専属のピアノ演奏者が席につき、曲が途絶えてしまった館内に、再び彼のメロディーが流れ始める。



ミサとサロンは、まだ踊り足りないらしく、踊りを再開した。


「席を外してしまって申し訳ございませんでした」


ハーリーがカウンターに戻るなり、ジョウに話しかけるものだから、ジョウは思わず、ムッとしたままの顔をハーリーに向けてしまった。本当であれば、この曲の事を詳しく知りたかったのに、よけいにハーリーと打ち解ける事が出来なくなってしまった。


(畜生!)


ジョウは、心の中で舌打ちをして、ミサのカクテルグラスを手に取り、それを一気に呷った。


「うっ、苦・・・・・」


なんて、ついていないのだろう・・・・・。



ジョウが苦さに顔をしかめていた事に、自分では気づいていなかった。彼が顔をグシャグシャにしていたのも、そんなに長い時間ではなかったが。

それは、ジョウの様子に気を配っていたハーリーがすぐに、グラス一杯の水をジョウの前に差し出した。


「苦さが苦手の貴方に、そのカクテルは無理でしょう」

そう言ってハーリーは、クスリと微笑んで見せ、空いたグラスを片づけた。

(又だ、こいつ、オレの事を何でも見透かしたように、余裕のある態度を見せてくれる)

そう思いつつも、それは事実の事。今のジョウには、その、いらぬ親切を無視するような余裕など全く無く、一杯の水さえ天の助けのように一気にグラスの水を飲み干した。そして、空になったグラスを置いてから、自分がこんな奴のペースに乗せられているような気がして、よけいに腹が立ってきた。


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