桜雨

手の平の花びら

「馬鹿だなぁ」


今思えば、あれは嫉妬だったのだろう。


そして、焦燥の想いも、あった。


彼が、都会へと行ってしまう事実が、


手の届かない存在となってしまう事実が、


彼女には怖かった。


当り前のように隣にあった存在が、突如消えてなくなる恐怖。


どこで覚えたのかは知らないが、


あたかも古い記憶がよみがえるように、彼女の心を支配していた。


それなのに、どうして良いのかすらわからない。


そんな想いに縛られたまま動けずにいたまま、無情にも時は過ぎていく。







桜の花びらが舞い、


若葉が揺れ、


枯れ葉が舞い落ち、


雪がちらつき。





そして、再び桜の花びらが舞う今、


彼女は、地元の大学へ進むこととなった。


彼は、勉強の成果、念願のT大学へと進むこととなった。


噂に聞けば、最難関の医学部に入るそうだ。


「・・・東京、かぁ」


きっと、もう会えなくなるだろう。


あの女の子とは、今でも続いているのだろうか。


可愛い子だった。


素直そうで、明るくて。


・・・好きになるのも、うなずける。


瞳を閉じれば、暗闇に浮かぶのは、あの子と喋る、楽しそうな彼の笑顔。






せめて、直接お別れを言うべきなのかもしれない。


最後の言葉が、「大っきらい」では、あまりにむなしい別れだ。


でも、それでも。


直接目を合わせて、「さよなら」を言えるだろうか。


きっと、何も言えなくなる。


本当は、さよならなんて、言いたくなんて、ないのだから。


今までと同じように、傍に居て欲しい。


あの女の子と、付き合ってなんて、欲しくない。


ずっと隠していた感情が、咳を切ったように、胸の中を満たしていく。


溢れ出てしまいそうになる感情に負けないように、彼女は唇をかみしめていた。
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