桜雨


「・・・え?」


言っている意味が分からず、彼女は思わず声を上げた。


「それと・・・」


ふわり、とその瞬間、体が軽くなる感覚を覚えた。


無重力空間にいる時って、きっとこんな感じなのだろう、そう思えるぐらいに。


「これからは、・・・貴女はこの世界の『幸枝』です。覚えておいてくださいね」


幸枝はそう言って笑いながら、


優しい笑みを浮かべるのだった。







黒い長髪。


雪のように真っ白い肌。


着物に包まれた手は細く、


ぱっちりと開いた瞳は、少し寂しげな色に染まっている。


しかし、白い雪の上に赤く引かれたような口には、いつも微笑を浮かべていた。






それが、初めて見る、幸枝の容姿だった。






彼女は、幸枝の話と、幸枝から感じた懐かしさから、薄々と気がついていた。


これから、自分がどうなるのか、を。


そして、この世界が何なのか、を。


ただ、何故自分がこの世界に来ているのか、それは未だに分からなかった。












「・・・分かった」


彼女はそう呟きながら頷くと、幸枝は嬉しそうに、


彼女の手を握る両手を上下に揺らした。


「ありがとうございます。


・・・きっと、貴女なら、そう言ってくれると思っていました」


不意に、頬に暖かい感触を覚えた。


撫でられるように、春の風が吹き抜けていくような、そんな感触だった。


無だけが存在する世界のはずなのに。


そこは懐かしく、そして冷たく、そして何かが始まる、


そんな、「無の世界」だった。
< 38 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop