EGOISTE


唐突に……記憶が甦った。


アイボリーホワイトの上品なスーツ、大きなボストンバッグ。






「ごめんね。誠人。ごめんね」




彼女はそう言い置いて俺の前から去った。






ゴメンネ







俺は目を開いて、鬼頭を振り返った。


鬼頭は俺の袖を掴んだまま、苦しそうに眉を寄せている。


俺はこいつに両親が離婚してることを言った覚えはない。


だけど、水月から何となく聞いていたのかもしれない。


別に隠すほどの過去でもないし、この話はあの歌南でさえ知っている事実だ。





重要なのはそこじゃない。


鬼頭は俺より早く―――気付いた……



勘が良いのは大前提だけど、客観的に見てやはり感じ取るものがあったのだろう。


「……追いかけなよ」


鬼頭は俺の袖から手を離すと、俯いて小さく言った。こいつには珍しく抑揚を欠いた声だった。


だけど、俺の足はエレベーターの床に吸い付いたままだ。


「追いかけなって!」


鬼頭が大声で言って、俺の背中をドンっと押した。


スタンドにかけられた点滴のパックが揺れ、そこに繋がっているチューブが軽く引っ張られる。


何するんだよ!


そう怒鳴りたかったけれど、俺の視線は逆にあの婦人の小さな背中を追っている。




俺は



走り出した。







< 259 / 355 >

この作品をシェア

pagetop