EGOISTE
唐突に……記憶が甦った。
アイボリーホワイトの上品なスーツ、大きなボストンバッグ。
「ごめんね。誠人。ごめんね」
彼女はそう言い置いて俺の前から去った。
ゴメンネ
俺は目を開いて、鬼頭を振り返った。
鬼頭は俺の袖を掴んだまま、苦しそうに眉を寄せている。
俺はこいつに両親が離婚してることを言った覚えはない。
だけど、水月から何となく聞いていたのかもしれない。
別に隠すほどの過去でもないし、この話はあの歌南でさえ知っている事実だ。
重要なのはそこじゃない。
鬼頭は俺より早く―――気付いた……
勘が良いのは大前提だけど、客観的に見てやはり感じ取るものがあったのだろう。
「……追いかけなよ」
鬼頭は俺の袖から手を離すと、俯いて小さく言った。こいつには珍しく抑揚を欠いた声だった。
だけど、俺の足はエレベーターの床に吸い付いたままだ。
「追いかけなって!」
鬼頭が大声で言って、俺の背中をドンっと押した。
スタンドにかけられた点滴のパックが揺れ、そこに繋がっているチューブが軽く引っ張られる。
何するんだよ!
そう怒鳴りたかったけれど、俺の視線は逆にあの婦人の小さな背中を追っている。
俺は
走り出した。