ウタカタ

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はじめて声をかけられたときのこと、よく覚えている。




そのころ、あたしは事務として会社に入ったばかりで、まるで何にもできないしわからないしで、てんてこまいをしていた。


仕事を覚えようにも、なにがわからないのかがまずわからない、といった有様で。


そんなとき。


「これ、できる?」


そう言って差し出された一枚の書類。

はい、さっぱりできる気がしません。


・・・なんて、言える訳、ないけれど。


あ、ほんとにわかんない。どうしよう。



仕方なく、書類から目を離しておずおずと視線をあげると、目が合った。



「・・わかる?」


降ってきた声は、案外優しくて。


「すみません・・・まだ、習っていなくて」

わかりません、と素直に言える。


その言葉に、その人は呆れるでもなく、

「じゃあ、覚えて」


と簡潔に言って、手本を見せてくれる。


とても、わかりやすかった。


説明するとき、必ずあたしの顔を、目を見てくれる。

わからない、と言う前に、あたしの表情だけで察してくれる。


それだけで、「わからない」といわなくて済むだけで、どれだけ救いになったか、


きっとあなたは知らない。
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