雪割草
 赤い欄干の橋を越え、大きな山を切り開いて作ったような県道を歩き続けると、東和町に入った。

その県道から左手に曲がり、山の麓に点在する家々を繋ぐ一本道。

 シローは顔を強ばらせ、緩慢な足取りでリヤカーを引いていた。

山の中部ぐらいには、数軒の家が並んでいた。

トタン屋根の古臭い家の前に立ち止まると、シローの鼓動は速い速度で波を打ち始めた。

二十数年前と少しも変わらずに、その家は存在していた。

また、北風が吹き荒れてきた。

今度はシローの落ち着きのない心の核の辺りをくすぐっていった。

玄関口に向かおうと思っても、足が思うように動かない。

庭の端には思い出の竹林が風に揺れていた。

 家の灯りは消えていて、物音ひとつ聞こえて来ない……。

念のため、呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばした。

指先が震えているのが分かった。

白いボタンにそっと触れてみる。

やはり、誰も居ないのか?

何ら反応のない玄関先で、半ば諦めようと両手を上着のポケットに突っ込んだ。

ちょうど、その時……。

「どちら様ですか?」

 隣りの牛舎から、男の声が聞こえた。

 
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