恋愛妄想
ピンクのガーベラ
「もういいよ、べつに毎日来たからって治るわけじゃないんだから!!」

強い口調で 顔も見ないで彼はジャンプを読んでいた。

あたしは頭の中が真っ白になってその場に立ち尽くすしかなかった。


沈黙。


四人部屋の病室で
同室の患者たちが息を潜めているのが分かる。

長い沈黙。


まだ続くか、沈黙。


身の置き場がない、ってこういう事か。

気付いたらあたしは走り出していた。
なぜか冷静に、追いかけてもこない彼を背中で感じていた。


高校を出たばかりのあたしは
コンビニでバイトの傍ら専門学校の日々。
バイト先の年下の先輩が沢内君だった。
あたしは
「こんなチビな無口な男は絶対好きになれない」
と思いながらも、
嫌なヤツ、いちいち嫌味な、
言いたい事があったらハッキリ言えよ、などと思いつつ
気がついたら頭の中は彼でいっぱいだった。

これって恋か?

などと思ってときめいている矢先、彼が入院した。

潰瘍性大腸炎。

なんじゃ、そりゃ、と本屋で家庭の医学とか立ち読みした。
お見舞いに行きたかったけど、恥ずかしくて行けない。

同じバイト先の、大して仲良くない同年代の女の子を誘って無理矢理行った。

お見舞いの定番は 花。
あたしの好きなガーベラ。

二度目は「行かない」と言い放った大して仲良くないバイト先の子に舌打ちして
一人で行った。
沢内君の病室に、前にあたしの持って行った花はなかった。
すこし悲しかった。

沢内君は もともとのぶっきらぼうな口調で
「座れば?」
と 丸椅子の上に詰まれた雑誌をどかせた。

沈黙。

黙々とジャンプを読む沢内君。
ああ、なんかいいなぁ、恋人ってこんな感じなのかなぁ…と
気がつけばあたしは通いづめ、治療食の配膳までしていた。

あの看護婦さん達には、あたしが沢内君の彼女に見えるのかな?


沢内君のお母さんは気さくな人で
一緒に駅まで帰った事もある。
「稔彦は無口でぶっきらぼうで
人付き合いも得意じゃなくてね。ナオちゃん、稔彦のこと、よろしくね」
母親公認!?
ありがとう神様!

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