クロトラ!-妖刀奇譚-

イライラと貧乏ゆすりをするワサビに構わず、男は言った。




「"おなご弁慶"はな、その名の通り女のような姿をしているそうだ。

華奢で恐ろしく身が軽く、剣もかなりの手だれだという。」




それでだ、と男は続ける。




「いくら政府の奸物どもとはいえ、いっぱしの軍人相手にこれまでひとりも討ちもらさず、ひとりも殺していないそうなのだ。

…これは女の腕では難しいだろう、ならば女のような姿の者――といえば、我々にはひとり思い当たる人物がいる。」





ワサビの貧乏揺すりが止まった。

男はそんな様子にどこか満足げにうなずく。





「そう。貴殿もよく知る人物だ。」

「――待て。アイツが生きているはずがない。」




そう鋭く返したワサビの言葉に、もうふざけた口調はかけらもなかった。

だが頬被りの陰で、その表情は見えない。





男は静かに首を振った。



「我々そう思うがな…だが可能性はあるだろう?誰も死体を見ていないのだから。

"彼"なら、刀狩りのような手段は好みそうだと思うのだが。」







ワサビはくるりときびすを返すと、屋台をかついで歩き出した。




「…ありえん。」








そう吐き捨てたものの、"おなご弁慶"とその人物のことが、胸につっかえて仕方がなかった。













(――"おなご弁慶"の正体を見極めねばならない。)






住処である長屋に帰り着く頃には、そんな思いが生まれていた。





< 23 / 49 >

この作品をシェア

pagetop