狂信者の谷
二 薬法師・紅
 美貌の誉れも高い紅は、薬法師《ドラッグマスター》である。

 普段は薬物の流通が発達した交易都市、薬剤都市《ドラッグポリス》バクーに居を構える身である。

 薬法師は薬物のエキスパートであり、物の本質を見極め、その作用を効果的に引き出して操作する特殊な術者たちのことを総称していう。

 薬法師はその首に掛けている大粒の黒真珠のネックレスによってその身分を保証され、黒真珠の数によって位を表していた。

 紅は女薬法師として、ギルドの元老院を除き、最高の七つを持っていた。

 八つは四人。七つでも十数人である。その十数人の中でもトップクラスであると認められているのが紅だった。

 バクーの庵で、日がな一日薬物の研究に勤しみ、弟子を育てるのが、七つ以上持つ高位の薬法師の標準的な生活なのだ。

 だが、若くして七つの黒真珠を手にいれた紅は、数多く舞い込んでくる仕事を積極的にこなす活発な活動をしていた。

 曰く。

「おじいちゃんが病気なんです。助けてください」

「最近胃の調子がどうも」

「頭の良くなる薬あります?」

「おらの村に疫病が流行っとるだよ。どうかひとつおねげぇしますだ」

「わしに不老不死の薬を調合してくれんか。礼ははずむぞ」

「へっへっへっ、ねぇちゃん、ヤクくれよ、ヤク。一発でハイになれる最高のやつ持ってんだろ」

「毛の生える薬を……」

「口臭が酷くて」

「き、急におなかが……!」

「風邪で、頭が重くて……」
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