蜜恋


「麻美、お前キスシーンに食いつきすぎだろ」

自分の向かう階段のてっぺんを見ていた視線を兄に合わせて見下げる

同じように見上げる兄は続けた

「確かにさ、そろそろそういうのに興味持ち出すってことあるかもしんないけどまだ早いから。もっと大人になってからにしろ。じゃないとちょっと……色々あるからさ」


濁した言葉を残して、曖昧な態度で横を擦り抜けると部屋のドアの開閉音だけを残してその場は沈黙と化した


どういう真意があって言われたのかなんてその時の私は知るよしもなかった

ただそれから数日後に見た吹き替え洋画で抱き合う男女のシーンが流れるとすぐさまリビングの外に連れられてまた似たようなことを言われた気がしたけどちゃんと耳には入ってなかった

唯一聞き取れたのは


「あんまりじっと見てるとな、変わったやつって思われて気持ち悪がられるぞ」


その中の一言『気持ち悪がられる』

まだそう言われた理由はわからなかったけど、気持ち悪がられることが思わしくないことは理解できた



でも何でだろう

抱き合ったり、キスするのは好きな人にする愛の表現の一つ

愛、なんて難しい響きの意味を知ろうとは思ってないけど、でも好きな人にするということはそれは素敵なことのはず

なのに何で見ちゃいけないの、何で気持ち悪いって思われるの、何で…、ねぇ何で……?


わからなかったから、知りたかった

でも兄に聞いてはいけないんだろうって直感があった

だから私は兄の警告を無視してもっと興味を持ち始めた

あんな事になるとも知らずに………









「…あれ?」


カシャンッと音がして意識を取り戻すと横を通ろうとした教壇から何かが落ちたようだ

床から拾い上げたそれは開くと蓋がスタンドになる二つ折の鏡だった

ラメが散りばめられたシンプルなデザインには見覚えがある


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