Fahrenheit -華氏-

「おはよ~」


また……あたしより早く来てる。


「おはようございます」


挨拶をしてデスクに向かうと、


「相変わらず早いね~」部長はにこにこ笑う。


前から思ってたけど…この人朝から何でこんな元気なの?


「部長の方こそ。私の方が早いと思ってたのに」


「何?出社時間を競ってたの?」


とちょっとおどけて笑う。


「いえ。そんなことはありません」


部長データに「いつも冗談ばかり」と付け加えなくては。


それと「会話上手」も。


外資物流管理部がある8階フロアは、あたしたち以外まだ誰も出勤していない。


しん、と静まり返っている。


「今日は風があって気持ちいいですよ。窓、開けましょう。空気の入れ替えにもなるし」


あたしはそう言ってブラインドが上がった窓の取っ手に手をかけた。


取っ手を押してみるけど、ぴくりともしない。


「あー、それね。こうやって持ち上げて引くの。コツがいるんだよね」


いつの間にか背後に来ていた部長が、あたしの後ろ側から腕を伸ばす。


細く長いきれいな指。


手の甲に男らしい血管が浮かび上がっていて、骨ばっている。


女のそれとはまるで違った。


その手で取っ手を器用に少しだけ持ち上げると、勢いをつけて引いた。


ギっと鈍い音がして窓が開く。


「ほらね」


振り向かないでも分かる。


部長の笑顔が想像できる。







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