Fahrenheit -華氏-

会長室に昇りのエレベーターに乗り込んだら、同期の桐島に出くわした。


桐島とは二ヶ月前の飲み会以来顔を合わせていない。


同期とは言っても部署も階も違えばこんなもんだ。


「よ。お疲れさん」


俺は軽く手をあげた。


「お疲れ~」桐島は相変わらずふわふわした笑顔を浮かべている。


ん~……いっつも思うけど桐島って不思議。こんなのほほんとしていても、ハードな外食事業部の営業をこなすんだから。


脳有る鷹は爪を隠すってか?


そんな風には見えないけど…


「なに?お前も会長に呼ばれてんの?」


俺は聞いてみた。


「ん~ん。俺は綾子ちゃんに結婚式の招待状を渡しに」


桐島はにこっと笑顔を浮かべると、四角い招待状を見せてきた。


「あぁ。お前も大変だな」


何に対して大変なのか言った本人も疑問に思ったが、桐島は敢えて突っ込んでこなかった。


「結婚式の準備。進んでる?」


「まぁね。でもちょっと…今は奥さんが大変かも…」


桐島にしては珍しくちょっと疲れた顔で苦笑いを浮かべていた。


「何だよ。マリッジブルーか?」


「まぁそんなとこ」


桐島は曖昧に笑う。


ふーん……


桐島みたいな誠実で優しい男を選んでも、女は結婚に悩むもんなんだな。


俺はぼんやりとそんなことを考えた。





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