Fahrenheit -華氏-

何だろう…


柏木さんの表情には単なる負けたくない、契約を取りたいという簡単な感情だけが浮かんでいるようではなかった。


負けたくない。


その思いはどこか執念のようなものを思わせていたし、強い恨みのようなものも感じ取れる。


そう、それは憎悪だ。


村木と言い争ったときのそれとは明らかに種類もレベルも違う。


もっと根強く、もっと深く―――もっと激しい……



柏木さんの温度が……上昇している。


触れたら、火傷をする。


いや――――触れてはならない。




「ご苦労様。疲れたでしょ?明日一日有給とっていいから、ゆっくり休んで?」


俺は何でもないように笑顔を浮かべた。


「いえ。疲れてはいません。平気です」


そっけなくそう言うと柏木さんはくるりと踵を返した。



その背中は強敵を打ち負かしたという勝利感を漂わせていなかったし、大口の契約を取り付けたという歓喜も感じられなかった。


ただ―――


何かが引っかかる。


何か―――




その何かを知るのは、まだ少し後のこと―――






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