Fahrenheit -華氏-

「あ……去年の資料が…」


引き出しを開けて、柏木さんが首を捻った。


「資料なら資料室にファイリングしてあるよ。ついでだから、手伝うよ」


俺は腰を上げた。


いえ、結構です。なんていつもの調子で断られるかと思ったけど、


「お願いします」


柏木さんが素直に頷いて、席を立ち上がった。


資料室は廊下の一番奥にある。


結構でかい部屋で、フロアの各業務の資料をまとめたファイルが書棚にぎっちり詰まってる。


問題のファイルを探すのに一手間かかりそうだ。


狭い書棚の通路を歩きながら俺は前を行く柏木さんに言葉を掛けた。




「柏木さん……昨日はごめんね。言い過ぎた」



俺の言葉に柏木さんがゆっくり振り返る。


俺の言葉に薄い唇は動くことなく、視線も安定している。


「いいえ。気にしてませんから……」


一言言うと柏木さんはくるりと背を向けた。


いつもどおりの反応。良かったのか、良くないのか……


怒っては―――なさそうだったけど。


でも、俺が投げかけた言葉は彼女に届いていなかったのかと思うと、


ちょっと……寂しい。





「嘘………です」


柏木さんが振り返って俺を見上げた。



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