Fahrenheit -華氏-

「あ。“マイフェアレディ”俺これ好き♪オードリー・ヘップバーンがすっげー綺麗なんだよね」


俺はマイフェアレディを指差した。


柏木さんはちょっと俺を見た。


やべ!柏木さんの前で亡くなった女優とは言え綺麗とか言っちゃいかんよな。


だけど、柏木さんはちょっとだけ微笑むと、


「あたしも大好きで、もう何度も見てるんです。良かった。趣味が合って」


と言ってまるで女子高生のようにはにかんだ。


キュ~ン


俺の心臓がキュッと縮まる。


「じゃぁこれにしましょう」


柏木さんはそう言って席を立った。


戻ってくるとき……同じようにすぐ横に座ってくれるかどうか不安だったけど、柏木さんは元居た場所に腰を降ろした。


オープニングが始まって柏木さんは二人のグラスにワインを注いだ。


赤い液体がグラスに落ちる。


まるで薔薇のように美しい色だった。


「「お疲れ様です」」と言って軽くグラスを合わせる。


俺も映画の内容は覚えている。


下町の薄汚い少女役オードリー・ヘップバーンが、言語研究の教授指導の元、美しいレディに変身していくというストーリーだ。


厳しい指導に最初は逃げ出そうとしていた少女が、そのうちにだんだんと教授に惹かれていく。


ありきたりなストーリーだが、オードリー・ヘップバーンの美しさはやはりずば抜けていて、それを彩る背景もまた美しいものだ。


って…そんな映画評論家みたいなこと今はいい!





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