Fahrenheit -華氏-

村木は相変わらず不健康そうな顔でにやりと不敵な笑みを浮かべている。


出たな!陰険村木め!!


「猫にやられたとか?躾がなってないんじゃないですか?」


今朝すれ違った女子社員たちに指摘されてついた言い訳をどこからか聞いたようだ。


「なかなか、なつかなくて」


俺は笑いたくもないのに、無理やり口の端を歪めた。


「じゃれるもの程々にしないと」


と意味深に言ってにやりと笑う。


こいつ、絶対気づいてやがる。


まぁ、こっちも大っぴらに隠すつもりもないけど…


それでも村木に指摘されると、腹が立つぜ!


村木はまだ一言二言嫌味を言ってきたが、隣にいた柏木さんが一睨みするとさっと逃げるように消えていった。


柏木さんとは―――


一ヶ月前に彼女にやり込められて以来、どうやら村木は彼女が苦手……と言うより怖がっているように見える。


くっくっく…いいざま。


それは佐々木も同じだったみたいで、村木の後ろ姿を見て口元を歪めちょっと失笑を漏らしていた。



「……傷、痛そうですね」


柏木さんの手がすっと伸びてきた。


だけど柏木さんの手は俺の顔に触れることなく、寸でのところで手が引っ込む。


以前俺がひどい避け方をしたから、今度もまたそうなるだろうと思ったに違いない。


違うんだ!


あれは…そのっドキドキしすぎて…


つまり俺は緊張してたの!


って言えるわけがねぇ。







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