Fahrenheit -華氏-

俺たちは式の打ち合わせをするカップル用の応接間に通された。


あちこちにソファとテーブルがあり、平日だというのにカップルたちが結婚式の打ち合わせを思い思いしている。


それぞれのカップルは結婚を決めたからだろうか。


みんな幸せそうだ。


「ごめんなさいね。今日はこっちでお客様用のファッションショーを催してまして、こちらに出ずっぱりでしたの。あ、どうぞ」


香坂さんは早口に言うと、俺たちにソファを勧めてくれた。


「神流部長とお会いするのは一年ぶりでしたね。ご無沙汰しております」


「ええ。その節はどうも。こちらこそ今回お話を頂いて光栄に思っております」


隣で挨拶を聞いていた柏木さんの指がぴくりと動いた。


ふっ…


瑠華サン、嘘も方便と言うんですヨ?


「紹介します。こちら私の補佐を勤める柏木です」


「はじめまして。柏木と申します」


柏木さんは丁寧に頭を下げ、名刺を差し出した。


名刺を渡された香坂さんはちょっとびっくりしたように目をぱちぱちさせる。


「びっくりしました。去年いらしたときは内藤さんがご担当でしたよね?担当が変わったのですか?」


「いえ。担当は変わっておりません。彼女は外資の人間ですので。こう見えても有能な女性です。今回お力添えできれば、と思いまして」


「そうでしたの。こちらこそ宜しくお願いいたします」


香坂さんはほがらかに笑って丁寧に頭を下げた。


香坂さんは三十代半ばと言った感じで、結婚式場で働く女にしちゃちょっと地味目の女だ。


女は女を嫌うが、香坂さんは違うようだった。


彼女は徹底した裏方で、その上人当たりがいいのでこちらとしても話が進めやすい。


「お綺麗な方ですね?部長の恋人ですか?」


「いえ、違います」残念ながら…



ちょっとゴシップ好きそうなこの発言さえなきゃ、パーフェクトなんだが…








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