Fahrenheit -華氏-

■Congratulations(祝いの言葉)



開始20分前になって、俺は会場になっている宴会ホールに足を運んだ。


白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルにはそれぞれ名前が入ったプレートが置かれている。


“神流 啓人様”と書かれたプレートの席に腰を落ち着かせると、すでに同じテーブルに着席していた裕二と、綾子が揃って俺を見た。


「何だよ、顔色悪いじゃん。柄にもなく緊張してるのか?」と裕二が茶化す。


「何だよ。柄にもなくって」


俺がふてくされたように唇を尖らせると、前に座っていた副社長の緑川がおもむろに席を立った。


俺のテーブルには副社長の緑川、専務取締役、それから外食事業部の部長と次長など役員の面々が並んでいる。


桐島と同僚のやつらはどうやら違うテーブルのようだ。


「神流部長!お久しぶりです」そう言って挨拶してきたのは副社長の緑川。


と、言うものの彼は横浜にある支店の支店長も兼任しているわけだから、あまり本社に顔を出さない。


今日は代表取締役の俺の親父がどうしても抜けられない仕事の用で出席できないので、代わりに副社長が出席したというわけだ。


副社長もかわいそうに、ほとんど顔を合わせたことのない桐島の結婚式に出席させられて。



「ご無沙汰しております」俺も立ち上がって頭を下げた。


「いやぁ実にいい式でしたなぁ。聞けば桐島くんは君の同期と伺ったんですが。次は君の番ですなぁ」


アハハと副社長が声を上げた。


こういう形だけの堅苦しい挨拶も、鬱陶しいだけのお節介も面倒だ。


俺は愛想笑いを浮かべてにこにこした。


「あ…そうそう。ご紹介します。こちらが私の娘の……」


後ろに隠れるようにして突っ立て居る女を俺に紹介してきたが、俺は上の空。


話半分に聞いて、その場を何とかやり過ごした。







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