Fahrenheit -華氏-

柏木さんが言わんとしてることが分かる。


男が前の連れ合いに連絡を取るときは―――やり直したいときだ。


ドキン、ドキン…と鼓動が早まる。


俺はタバコに口をつけ、ことさらゆっくり煙を吐きだした。


苦いものでもかみ締めたかのようにちょっと顔をしかめると、それを流そうとカクテルに口をつける。


「……で?柏木さんは復縁する予定なの?」


俺、今ひどい言い方した。


柏木さんは別に俺の恋人でもなんでもないのに。


意地悪に聞こえたかもしれない。


でも柏木さんは気にしてない様子で、ゆっくりとかぶりを振った。








「やり直すつもりは―――ないです」







その言葉に、思った以上の安堵感を覚えた。


俺にとって、Mの存在は柏木さんが唯一恋をしていて、そしてその気持ちを引き裂き、彼女の中に強烈な爪あとを残していった―――脅威の存在だ。


愛情?


憎しみ?


どちらでもいい。


人の心の中にそれほどまでに存在し続けるMが





俺は怖いと同時に―――少し羨ましいんだ。




彼女の中で俺の存在はきっとそれほど大きな存在じゃないから。












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