Fahrenheit -華氏-


「OK.Thanks. I'll be there on October 11th then.The very best to you.(分かりました。それでは10月11日そちらにお伺いいたします。それでは)」


何だ、仕事の話か……


そう思って、俺はほっと胸を撫で下ろした。


ん?待てよ…


10月11日っていったら、柏木さんは有給取ってるはずだ。


と言うか、9日から一週間少し遅めの夏休みに入る予定だ。


俺たち外資の人間は、お盆休みはもちろん稼動していたわけだから、忙しくない時期を見計らって交代で夏休みを取ることになっている。


当然俺と柏木さんの休みは合わない。





でも、その日……何が―――?


携帯をパチンと閉じて、出し抜けに柏木さんが振り返った。


俺はびっくりして、立ち聞きしていたことを申し訳なく思い、思わず身を縮ませた。


だけど柏木さんは気にしていない様子。


「おはようございます。起こしちゃいました?」


相変わらずの無表情。


いつもどおりの柏木さんだ。


「いや。ずっと起きてるつもりだったけど、寝ちゃってごめん」


「いいえ。こちらこそ、昨夜は色々ありがとうございました」


丁寧過ぎる程律儀に頭を下げ、柏木さんはタバコを灰皿に押し付けた。


「コーヒー淹れましょうか?飲みます?」


「あ、うん。ありがとう」




柏木さんの表情は


どこかすっきりしていて、昨日までの不調が嘘のようだ。


……少なくともそう見える。




ちょっとは悩みが和らいだのかな。



色々聞きたいことがあったが、




俺は何も聞けずに、日常が始まろうとしていた。







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