Fahrenheit -華氏-
「それは……」
と言いかけて柏木さんが口を噤んだ。
そう言えば前柏木さん子供嫌いって言ってたよな。
子供好きな男は自分の子供を欲しがるから、きっと嫌いなんだろうな。
でも―――それは俺だけが知りえる秘密だ。
「佐々木、ビール追加頼んで」
「え?もうですか?」
「そう。もう。桐島も空じゃん。何か頼んだら?」
「そうしよっかな」
桐島は脇に置いてあるメニュー表に手を伸ばした。
「あ、俺何か食いたい」
裕二も桐島のメニュー表を覗き込んでる。
柏木さんの話題が何となく反れた。
タバコを取り出す俺を、柏木さんがちらりと見てきた。
俺も顔を横に向けて柏木さんを見る。
柏木さんは、ほんのちょっと口角を上げた。
本当にほんのちょっとだけど。
でも、柏木さんの“笑顔”を見たのは―――
これが初めてだった。