侵す領域、笑うキミ。
いつもと同じ窓際の席で彼は本を読んでいた。

「今日は何を読んでるの?」

私の問い掛けに、彼は少しだけ視線を持ち上げてすぐに戻す。

「谷崎俊一郎の春琴抄」

ページを繰る細長い指にうっとりする。

…その指に触れられたら、どんな気持ちになるだろう。

「面白い?」

カタン、眼鏡を机に置く音が静かに図書室に響いた。彼は読書のときだけ眼鏡を掛ける。

「結構グロいからあんたは読めないかもね」

にやりと口角を吊り上げて、彼がやっと私を見た。

どくり、心臓が小さな悲鳴を上げる。

印字ばかり追っている彼の瞳が、眼鏡を通さず、私を映しているだけなのに。

たまらなく興奮するのは、どうして。
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