幽霊美容室
「あの…ショートカットにして下さい!」

決めつけた俺も悪かったんだが
あまりに意外だった。
実際はそんなに珍しいことでは無いのだが、
こんなに伸ばしたんだよ?
失恋でもした?重くて肩が凝っちゃう?
んで肩が凝りすぎちゃってフライパンも握れない?
もう悩んで悩んで夜も眠れなくなっちゃった感じ?
そんな下らない疑問を繰り返した。

「え?本当にいいんですか?」

そう聞く俺にその客は静かに頷く。

ほ~~。
いいんだな。本当にいいんだな。
後で後悔したって知らないんだかんな。
エクステなんかで簡単に長く出来るったって
やっぱなんだか違うんだかんな。

『あ~切っちゃった。
自慢の長い髪なのに、もう私新しい恋に向かってまっしぐら』

とかCMみたいなこと言ったってふとした瞬間に鏡覗き込んで
あ~~私なんてことしたんだろって泣き崩れても知らないんだかんな。

そんな風にこっそり頭で独り言を繰り返した。

「じゃあ切っちゃいますよ。」

ただ静かに"はい”とだけ言う客。

まぁこういう時は色々詮索せずに静かに淡々と切るべきだな。
よしよし。そうしますよ。
いくら久しぶりだとはいえ俺もプロのはしくれですからね。
ご希望の通りにいたしますよ。

俺はちょっとためらいがちに相棒を握りしめその長い髪に手を伸ばす。
ヨシとちょっと呼吸を整え髪に刃をあてる。

「本当に大丈夫ですか?」

突然その客が口を開いた。

え?いや、それはこっちの台詞だよ。
あれ?久しぶりな感じバレてる?
いやいや、俺だってカリスマって言われてたんだから
いくら久しぶりだって大丈夫っすよ。

「本当に切ってくれるんですね。」

本当に変な客だ。
もしかして切った瞬間に歯がボロボロになったりするくらい
超カッチカチの髪なのか?
カッチカチやでとか言わせないよ。

「いや…大丈夫ならいいんです。お願いします。」

おおっ。なんだか俺の方が不安になってきたよ。
いやいや、久しぶりのお客様なんだから
気合い入れていかせてもらいますよ。

相棒を握り直し
ゴクリと唾を飲み込んで
俺はその不安と髪を切ることにした。
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