Beast Prison 館長さんEDCBA
 彼女は有能な指揮官であり、だからこそ、しばしば問題児連中の尻拭いをさせられるという貧乏くじを引いている。
 部下達が放送室を出た後、彼女は親の仇でも睨みつけるかのような形相で、マイクの前に置かれたトランシーバーを忌々しげに取り上げる。丁度その時だった。
「ざーんねん。僕たちはそこには居ないよ。無駄足御苦労様。“人間”様も大したことないねえ。悔しかったら捕まえてみなっ!!」
 まるで彼女の姿が見えているかのようなタイミングで、黒い塊はエルの声で挑発を指揮官に浴びせかけた。
「ご丁寧にカメラまで置いているのか……」
 よく見ると部屋の隅には黒光りする小さなカメラが設置してあり、それはジッと放送室の入口を凝視していた。
 トランシーバーといい、カメラといい、いずれもガラクタの寄せ集めで組み上げたような、酷く原始的かつお粗末なものだ。“獣舎”の備品ではなく、本当に余り物から組み上げてしまったのだろう。そんな事をやらかす者が居たとすれば奴しか居ないだろう、と彼女は判断した。異常なほど白い肌に目の下の隈が目立つ劣性種の顔が脳裏に浮かび、憎たらしく唇を歪める。ハスキーな声が、へっへっへと笑った気がした。
 再び歯ぎしりをした彼女は、手にしたエル達のトランシーバーを力任せに握り潰す。ここで連中を確保できなかった事により、居場所の分からない問題児達を館内くまなく捜さなければならなくなってしまったのだ。この建物だけでも、ちょっとした図書館の数倍は広さがある。敷地内の全館を隅々まで探すとなると、問題児連中を発見するのに何日かかるか想像もつかない。次の給与査定が近い事もあり、彼女の胃がキリキリと悲鳴を上げた。
 丁度その不満を零した“人間”の頭上。壁を四角く切り取った空気ダクトが、エル達の脱出経路だった。トランシーバーと小型カメラを設置し終えた彼等は、もう随分前にそこを通って放送室の遥か彼方へと逃げ果せている。
 トランシーバーで演説するエルのもう一方の手には、小さな液晶の画面が握られていた。勿論、画面には放送室で右往左往する“人間”達の混乱や怒りに満ちた姿が映されている。その光景を眺めていたエルと隈の青年──通称ツブヤキは、顔を見合わせて愉快そうにほくそ笑み合った。
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