狂犬病予防業務日誌
プロローグ
 ミンナ……ミンナが不機嫌だ。食べ物をくれない。
 
 物欲しそうな顔をしても無視される。

 足場が不安定なのに文句ひとつ言わずに仕事していた屈強な男たちから笑顔と鋭気が消えた。

 ミンナはベッドに横になって背を向け、死んだように眠っている。

 存在を忘れ去られているのだろうか?

 少し前までぼくの頭を代わる代わる撫でにきて腹一杯になるまで食べさせてくれたのに……。

 理由として考えられるのはじゃれたついでや手渡しで食べ物をくれたときに謝って歯を立ててしまうことくらいだ。

「コイツ、海に放り投げてやろうか!」
 と、怖い顔をして怒る人もいるけれど尻尾を振ってあどけなく振舞うと周りの人はかばってくれた。

 反省を踏まえて不快を与えない程度に軽く咬んで怒る人と怒らない人を見極めた。

 触れ合った人たちはなぜか高い確率で元気がなくなり部屋に閉じこもってしまう。

 からかわれているのか、本気なのか、どちらにしても仲間はずれにされるのは面白くない。とても不愉快だ。

 海に浮かぶ鉄の塊も動かなくなった。

 咬んでなにが悪い!せっかく仲間である印をつけてやったのに!

 ステンレス製の食器に残っていた水をちょっとずつ飲んで生きながらえていたが、体から抜けた毛が大量にたまっていて飲むと咳き込み、渇きを癒すのに苦しみを伴った。







 
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